トピック

生き方の多様性の尊重と女性の自殺予防に向けた心理学・法医学的検討

西尾 元
兵庫医科大学医学部法医学講座

 日常的に、法医解剖医は解剖をしています。解剖することになる遺体は「異状死体」と呼ばれます。死亡時にはっきりと病死と言い切れない遺体のことを言います。自殺は、死因の種類として、病死ではありませんので、異状死体になります。異状死体のうち、警察が解剖した方がよいと判断した遺体を解剖することになります。

 最初に申し上げておかなければならないことがあります。法医解剖医が扱う自殺者が必ずしも、自殺した全ての方の特徴を表しているとは言えません。遺書などがあり、遺体発見の状況から、明らかに自殺とわかるものについて、警察は、解剖の手続きをしないことが多いからです。また、自殺の状況が同じような自殺者であっても、各都道府県警察の方針による違いから、解剖するかどうかの判断が、地域ごとに異なっています。ですから、これから申し上げる内容については、あくまで、法医解剖の現場で経験した自殺者、しかも、兵庫県の阪神地区で扱った自殺者の傾向ということになります。

 解剖現場で扱う遺体のうち、自殺と判断される人の割合は、解剖全体の数パーセントとわずかです。全体の解剖者に占める自殺者の割合について、性別による明らかな違いはありません。

 性別の点から特徴として言えるのは、自殺者の中で精神疾患を患っている人の割合について、男性より女性の方が明らかに多いということです。女性では、その割合が約3/4ほどにもなります。この割合は、男性の約3倍です。

 自殺手段について言うと、男性では、「縊頚」(首をロープなどで吊ること)が約3割と一番多いのですが、女性では、「薬物の服用」が約4割を占めていて、一番多くなっています。一方、男性の自殺者の中で、自殺方法として「薬物の服用」を選択しているのは、約2割にとどまります。

 男女にかかわらず、自殺に用いる薬物は、自分に処方された薬であることが多い傾向にあります。自殺者に占める精神疾患の割合が女性で多いことが、女性の自殺方法として、「薬の服用」を選択した割合が多くなる理由のように思います。

 これは女性だけに限らないことだと思いますが、精神疾患は長期の治療が必要となることが多く、処方薬も長期に処方されることが多いように思います。解剖現場で警察から聞くところによると、自宅にため込んでいた処方薬を一度に多量服用して亡くなっている方もおられます。処方薬の投与方法や残余薬の管理などが、自殺予防という点から言うと必要ではないかと思います。

 自殺手段の割合を男女で比べてみると、「薬物の服用」が女性で多いことに加えて、女性では「溺水の吸引」による死亡者が、男性の約2倍になっています。多くは河川などの水中に身を投じた方です。女性では、「薬物の服用」や「溺水の吸引」といった、体に傷がつかないような方法を自殺手段として選択する傾向があるのでしょうか。男性では、「縊頚」、つまり「首を吊る」という方法をとりがちなのとは違いがあるように思います。

  法医解剖の現場で扱った自殺者の傾向、特に女性にみられがちな傾向を検討してみました。自殺予防の参考になればと思います。

広く自殺予防に係る研修動画の紹介

令和4年度『自殺ハイリスク者等支援研修会』の動画を紹介します。以下よりご覧にいただけます。

その他動画はこちら
令和4年度『自殺ハイリスク者等支援研修会』(研修動画をYouTubeにて公開) – YouTube

自殺対策まとめ

2024/01/16 国内の自殺対策についてまとめました

2024/01/16 女性に特化した自殺対策についてまとめました

2024/01/16 女性の相談窓口についてまとめました